高田別院だより 2009年3月15日 第18号
流罪から出発した親鸞(第一回)
大阪教区 南溟寺住職  戸次 公正(べっき こうしょう)
・関東への旅立ち
 四十歳になつた親鸞のもとに便りが届いた。恩師法然上人の訃報(ふほう)である。親鸞はいよいよ、師から面授口決(めんじゅくけつ)された本願念仏の道を歩む者としての使命の重さをずしりと感じたことだろう。

 親鸞は、京都へは戻らずに、険しい山を越えて関東の地へと旅立った。一二一四年、四十二歳になっていた。その理由はよくわからないが、さらに未知なる他者との遭遇(そうぐう)を求めて、また鎌倉幕府のある新天地での活動をめざしたのかもしれない。 それにしても、あの法難とは何であったのか? この先も決して安穏とはいえない現実の真只中へおもむく親鸞の胸中に去来しているのは何であったのか。


・わたしの <御遠忌> への想い
 わたしは親鸞没後七五〇回<御遠忌>(ごえんき)法要に寄せて、心中におよそ四つのコンセプトをあたためている。
 一つは、流罪である。それは遠い記憶を紡(つむ)いで語り継ぐだけでなく、今ここに在る法難として、その本質を洞察していきたい。そこには近代の「廃仏毀釈(はいぶつきじゃく)」、さらには大逆事件の死刑のことや宗門の戦争責任への応答という課題も深く重なる。そして、ビルマやベトナム、カンボジア、タイ、それからチベットにおける仏教徒への弾圧も、まさに現代の法難として外(はず)すことができない。 

 二つには、親鸞像の発掘と開顕(かいけん)である。親鸞の虚像と実像を、史実と伝承のなかに訪ねる。ねがわくは、一人ひとりが、各々の「親鸞伝」を何らかの形で表現していくことを喚起するものである。 

 三つには、儀式論。非僧非俗の精神を現代に表現しうる真宗の儀式論の提起とその実践をもって仏事を荘厳したい。

 四つには、前(さき)の御遠忌を機に興された真宗同朋会運動の批判的継承ということである。(つづく)
 戸次先生には今回を含め、四回に分けて執筆いただきます。

【プロフィール】 戸次 公正(べっき こうしょう)

1948年大阪府生まれ。
大谷大学大学院修士課程修了。
南溟寺住職。
著書に『正信偈のこころ 限りなきいのちの詩』『阿弥陀経が聞こえてくるーいのちの原風景ー』(法蔵館)など。
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